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小耳にはさんだ話

先日、こんな話を聞く機会がありました。
「定年退職して、ひとに預けていた自分の田んぼを作ってみようと、まず機械を買ったよ。そしたらサラリーマン時代にセッセと貯めた貯金数百万円があっという間にパーになったのに、お米は売っても二束三文。農業は大変だなー。あんたは若いのにえらいなー。。」
はじめは驚きましたが、もしかしたらこれが普通の感覚なのかもしれない、と思いなおしました。

もちろん、そもそも農業を経営と思うなら、どの作物をどれだけの面積やったらどのくらい売上と費用がかかるか、からまず考えます。機械を買うなら、その金額を払ったらどのくらいの期間で元を取れるかを計算しなくてはなりません。

しかし上の話を聞くと、米を作ろう→当然機械を買う→お金がかかって弱ったなー、ということの様子。

何のために機械を買うかといえば、作業しなくていいように、ですが、では作業したくないなら何故コメを作ることになったのか。
自分に割り当てられた田畑をとにかく管理する、ということが先行してしまうと、経営としてどうするか、が後回しになってしまうようです。

新規就農者は、二世農家が家・畑・機材・売り先を労せずして手にしていることを羨みますが、案外「継ぐ」というのも難しいものかもしれませんね。



ボク自身、どこまで機械化するべきかは、悩みます。
もっといえば、どこまで規模を広げるか、売上を伸ばすのか。

慣行農法に匹敵する経営をしたい。
有機農業が市民権を得るには、まっとうに経営し、まっとうに暮らし、「普通」のひと達に認められる必要がある。
そう思ってきました。

でも、野菜を買ってくださる方を知っていたいのに、規模を広げすぎると顔が分からなくなる。
機械化すると、投資を取り返すまでその作物を必死で作り続けなくてはならず、経営の小回りが利かなくなる。
そもそも、そんなにいうほど、稼ぎが実は必要ではないなあ、と気付いたり。

運動としても、どの方向にいくべきか悩みます。
自分の暮らしを見直すという、内へ向かう運動と。
同じような農業に取り組むひと、それを食べ支えるひとを、ドンドン増やすという外へ向かう運動。

どちらも大事だけど、どちらにチカラを入れるかで、取り組むべき農業の姿も変わってきます。

ひとをドンドン取り込むには、やっぱりたくさん作って売って、そのためにはある程度誰でもできる農法が必要であり、誰でも作れる野菜が必要で。。
でもやっぱりドンドン野菜の受け手を広げると、顔がボヤけてきて。

悩ましいですね。



20代の頃は、まず自分の為すべきことを為せばよかった。
情報は常にインプットするものだった。
気がつけばいい年になり、就農に関する相談も受けるようになった。
アウトプットすることが多くなり。

まだまだ未熟なのに、それでも伝えなきゃいけない。
30代といえば、会社でいえばエンジンとして時代を引っ張る立場。
必死にアウトプットしながら、出がらしにならないようにインプットし続けなくてはならない。

どこに自分が向かうのか。
ときどきわからなくなりながら。

ちょっと焦ったりしながら、それでも日々野菜はデカクなり。
このブログを更新しないまま、5月が終わり。。。
うーん。

ぐぅぐぅ
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プロフィール

ぐぅ&トミー

Author:ぐぅ&トミー
38歳♂・31歳♀・7歳犬。
有機農家になりたくて、伊賀に流れ着きました。
生かされている生活から、活きる暮らしを目指して。
多くの人を巻き込みながら。地道に。夢は大きく。
日々の作業や、想いをつづります。

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