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3月のおしごと

おしごとシリーズ、ギリギリ続いております。

【3月】

「なたね梅雨」という言葉を、伊賀にきて初めて知りました。
優雅な名前ですね。
菜の花が咲く(農家からすると、=アブラナ科がトウ立ちする)この時期に降り続く雨のことを言います。
春の葉物を作付けしたいこの時期に降る雨は、うらめしいの一言。
「なたね梅雨」反対!反対!


①種まき・定植

①というか、これにつきます。
雨が去ったら、耕耘して畝立て・種まき。もしくは、畝立て・マルチ張り。
雨が降ったら、マルチに定植。
この繰り返し。
ひたすら作付けます。

この時期に作付けした葉物は、5~6月の暖かいけど虫はまだ少なく、湿り気がなくて病気にもなりにくい、野菜の生育に最適な時期に出荷を迎えます。
まさに、かきいれどき!いや、もっと風流な言い方をすれば、まさに旬!

悩みの種は、なたね梅雨。
ボクの畑なら、10日間は雨のない日が続かないと、いい状態で畑を耕耘できません。
つまり、基本的にゴリゴリ・ネチョネチョ・ゴテゴテ状態の畑にタネを蒔いたり、苗を植えたりするハメに。
これでは、いい野菜はできません。


畑を乾かすこと。
伊賀で畑をやるなら、これが最初にして最大の関門になります。
ビニールハウスの誘惑に駆られますが、自然とともに在りたいのなら、やはり露地ですね。
何十トンと堆肥を入れて深く耕耘し、数年間寝かせるひともいますが、畑に余計な成分を入れるのは虫や病気の元なので、グッと我慢。
常設の高い畝を固定して、畝の上を小さな作業機で耕耘したりする方法もありますが、作物ににって畝幅を変えたり、畑全体に堆肥を撒くなどの作業ができず、融通が利きません。

では、どうするか。
師匠である西出氏は、モミガラ+微生物で、畑は毎年5cmは深くなっていく、と教えてくれます。
それを信じて3年やってみましたが、結果はいまひとつ芳しくありません。
乾くところは、投入した分だけ土がよくなっていると感じます。
でも乾かないところは、よくならないどころか、ますます泥沼と化しているような。。

原因は、数cmの作土層の下にある、まったく水を寄せ付けない不透水の粘土層だと、思っています。

ごりごり
(耕耘のタイミングを間違えてごりごり)

142.jpg
(掘ったら下は不透水層)

ねとねと
(うっかり掘り起こすと、ネットリとした粘土が。。。)

作土層に溜まった水は、蒸発もせず、下にも沁みず、ただそこにとどまり、腐敗していきます。
投入した有機物も、空気がないと発酵せず、腐敗します。
これでは、土はよくならない。


お堀を掘るか。
暗渠(土中に埋める排水用の配管)をいれるか。
プラソイラ(鉤爪のようなもの)をトラクターにつけて引っ張り、下の岩盤にヒビを入れるか。

これですね。
これしかない。



ところで、秋に畝を立てて冬に収穫した畑を、ずっとそのまま放っておいてから耕耘すると、とてもサラサラしていい状態です。

P2010126.jpg


これは、時間とともに土の表面が堅く覆われ、水を簡単に吸い込まないから。
土の中が徐々にいい状態に保たれていくのです。
表面に雑草があるとなおいい。
自然農で不耕起を提唱する理由は、まさにここにあると思います。
(ただ、草の中にタネを蒔いては、収量が限られるので、僕らは一旦おこしてから作付けます。)

でも、草を残したまま春まで残った畑には、虫も生き残ります。
サラサラしてタネを蒔きやすい畑も、虫にやられては仕方ありません。
かといって、草や虫がいなくなるまで何度も耕耘できるほど、雨の間隔は長くはない。
一度耕耘した畑に雨がふると、スポンジが水が吸い込むように、畑は二度と乾きません。
もう当分はネチョネチョ・グチャグチャ。。。
いくも地獄、かえるも地獄。
あ~~~、なやましい!!!

いまのところの最善の策は、サラサラの畑に、すぐマルチを張ります。
そしてしばらくしてから、苗を定植。
こうすれば、良い状態の畑に、虫も草もそれなりに減った状態で、作付けることができます。

マルチ。
土の見えない畑なんて、醜い限りですが。
手放せないアイテムなんです。

ぐぅ
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sayonara原発

大江健三郎や坂本龍一氏が発起人となって全国展開しているさよなら原発集会。
ここ伊賀名張でも、その動きに有志が連帯し、3.11を機に集会と行進を企画されています。
震災から2年の今年、2回目の集会があり、行ってきました。

予想通り、昨年からは参加者も激減。
会場は空席が目立ち、あいにくの空模様となった行進は、100人に届きませんでした。
東京でも、昨年の数分の一だったというから、まあそんなもんでしょう。

日いちにちと新たな問題が沸き起こり、いつまでも一つのことに構っていては前向いて生きていけないですものね。
自分もいろんな問題に背を向けて、日常にはいつくばりながら生きています。
原発が、あくまで一番大事だとは思いません。
ただ、いい機会だから、いろんなことを忘れないようにと、参加してきました。


政権が代わって、株価があがり、世間が明るくなったとか。
特に仕事の内容や、作られる製品が変わったわけでもないのに、お金の流れが変わるだけで、モノの価値が変わるんですね。
お金のチカラを思い知ります。
「うまくやる」政権に支持が集まるというのは、「みずからやる」ことを放棄する昔の流れに戻っていくような気がします。
作物さえ言われた通り作っておけば、あとは農協や政府がうまくやってくれるはずだし、それで生活できないなら、農協や政府のせいだ、という一昔前の農家のよう。
ボクは、へたくそでも、ひとの意見に振り回されても、その悩みや議論の過程をせきららにさらけだしていた前の方が好みです。
自分で考えなきゃ、って、みんな思うから、という理由で。

原発がなくなると、電気代が上がるし、ゴミを処理する技術者がいなくなるし、果ては原爆を持つ能力も国から失われるという。
運動家は、反対ばかりで、代案を出さないじゃないか、という。
ごもっとも。
ボクにあるのは、それらを引き受ける覚悟だけだから。

原発がはじめからなければ、誰もそれに頼らないのに、一旦できると、逃れられなくなってしまう。
たとえば、クーラーとか。
たとえば、テレビとか。
あると当たり前だけど、なくても大丈夫なものって、世の中には意外とたくさんある。
手放すほどに自由になれることも、たくさんある。

みんな、こわいんだ。
得たものを失うのがこわい。
経済のレースから脱落するのがこわい。
まわりと同じ暮らしをできなくなるのがこわい。
取り返しのつかないことが、こわい。

実は、自分から捨てたり、降りたり、ちがうくらしをすることを選ぶのは、案外たのしいのに。
こわいから、縛られて、チキンレースのように走って、ホントにダメになるまでいってしまう。
隣が先に走るのをやめてくれるのを願いながら、自分の足を止められない。
そんなチカラで、社会が動かされているように感じます。


ボクは独立農家になって、こわさが減りました。
いろんなひとの世話になっていまの生活がありますが、自分の手で食べ物を得ている実感もある。
こわさが減ると、自由を感じます。


だから、さよなら原発。

ぐぅ
プロフィール

ぐぅ&トミー

Author:ぐぅ&トミー
38歳♂・31歳♀・7歳犬。
有機農家になりたくて、伊賀に流れ着きました。
生かされている生活から、活きる暮らしを目指して。
多くの人を巻き込みながら。地道に。夢は大きく。
日々の作業や、想いをつづります。

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